玉重 彰彦 氏
たましげ琴製作所 4代目

 たましげ琴製作所があるのは、かつて山陽道の宿場町、山口県宇部市の船木(ふなき)。徒歩や馬での移動が主流の時代、宿場町は宿駅機能を担い、物流や情報網を形成する要所でもありました。行き交う人々に宿泊や茶屋、商店など様々なサービスが提供され、旅人に和楽器の修理や調整などを行う楽器店もありました。
 明治以降、まだ宿場町としての賑わいが健在であった時代に、たましげ琴製作所のルーツとなる楽器店は創業されました。現在の当主である4代目玉重彰さんに、箏の製作についてお話を伺いましたので、調べたことを交えながら紹介します。

箏の音色

 箏の絃(げん)を指先の"爪"で弾くと、その振動は木製の箏本体(胴)に伝わります。そして、その振動は空洞となっている胴の中で共鳴し、美しい音色となって背面の音穴(いんけつ)から外に広がります。
 その共鳴板となる胴の素材は一般的に桐が使われます。桐は軽くて丈夫、湿気にも強く反りや割れが少ないため、木の美しさやぬくもりと共に、安定した音色を維持できるという利点があります。
 ちなみに、玉重さんは桐材として主に会津産や新潟産を使うそうですが、国産も海外の中国産も見た目や音色に大きな差はないとのことです。箏の音色は、産地よりも桐材の密度や硬さに影響を受け、硬いほどキレがある音となり、軟らかいと丸みや深みを持つ音が出やすいそうです。どちらがいいかは人の好みということです。

箏の製作

 筝の製作は、原木を製材した板材を仕入れ乾燥させることから始まります。たましげ琴製作所を訪れると、野ざらしの状態で並べられた板材を目にしますが、これが乾燥の工程で年単位の期間を要します。

 その後は、箏表面の山を作る「甲削り」、箏内側の空洞部分を作る「中くり」と続きます。この空洞内部には、反響を高めるため、ノミで細かな細工が施されます。主に綾杉(あやすぎ)と呼ばれる細工で、特に、彫りが二重になったものは子持綾杉(こもちあやすぎ)と呼び高級品の証になります。
 さらに、箏の裏側に板を張り付ける「板付け」、灼熱のコテで箏の表面を焼き美しい木目を出す「甲焼き」、その他、柏葉(かしわば)・四分六板(しぶろくばん)・竜角(りゅうかく)など様々な装飾品を作り取り付ける装飾工程があります。
 この装飾の工程は繊細で複雑であるため、一般的に箏本体の製作とは分業です。ただ、一連の作業を同じ職人が行うこともあり、製品への愛着や責任感からか、よりいいものが出来ると感じることもあるようです。

箏の歴史

 箏は約1300年前の奈良時代に唐から伝来し、当初は雅楽の伴奏楽器として使われました。その後、平安時代には貴族が嗜む楽器として進化し、さらに武家社会の時代には寺院の楽器などとして使われるようになりました。戦国時代には、僧侶の賢順(けんじゅん)によって「筑紫箏」という新しいジャンルの箏曲(そうきょく)が生み出されました。
 町人文化が隆盛した江戸時代になると、音楽は多様に発展し、職業音楽家で近代筝曲の開祖とされる八橋検校(やつはしけんぎょう)の登場や筝曲の二大流派となる山田流と生田流が生まれました。また、明治に入ると西洋音楽の要素が取り入れられ、「春の海」などで知られる筝曲家、宮城道雄の登場によって、その融合は一気に加速しました。

箏の現状と需要

 現代では、箏の美しい音色でジャズやJ-POP、ロックなどを演奏したり海外で披露されるなど、若い世代によってジャンルや国を超えた取り組みが見受けられます。
 しかし、実際には箏の需要は右肩下がり。全国邦楽器組合連合会がまとめたデータでは、1970年に2万5800面あった販売数が2017年には3900面にまで激減しています。
 一方、玉重さんご自身は「市場は湿っているが、製作している箏の面数はそれ程減ってはいない」と感じられているようです。変わったのは需要の中身で、かつては高級品、中級品、稽古用が満遍なく売れていたが、現在は稽古用ばかり」。そのため、以前に比べ売上げは下がっているそうです。

普及に向けた支援事業

 2002年以降の学習指導要領の改訂で、中学では3年間を通じて1種類以上の和楽器に触れること、小学の中・高学年では、扱う旋律楽器として和楽器が例示されるようになりました。その結果、学校から稽古用の和楽器の購入が増えるようになったそうです。また、玉重さんが感じられるように、稽古用中心ではあるものの製作する筝の面数が下支えされているということに繋がっているようです。
 この現象に対して玉重さんは「稽古用の需要だけが増えているという意味は、初心者や素人がいるだけで、まだその先に繋がっていないということ」。箏を始めとする和楽器の発展を考えると、趣味や本格的に演奏する人が増えていく必要があるとのことでした。
 一方で、期待も持たれています。それは、学習指導要領の改訂が始まってから約20年が経ち、和楽器について学んだ教師が増えているということです。和楽器に触れた先生方によって教育や指導が行われるようになり、その魅力を学ぶことのできる子供たちが増えていくことで、和楽器への関心が高まることを期待されています。

玉重さんの取り組み

 高校の筝曲部を舞台とする人気アニメ「この音とまれ!」(著者:アミュー、「ジャンプスクエア」連載)により筝曲に興味を持つ若者も増えているようです。実際、玉重さんにお話を伺っている最中、この漫画に影響を受け、筝曲部に入部したという高校生が箏の相談に来店していました。
 玉重さんは、このように箏を学ぶ学生やボランティアで箏を教える方々などに対しては、極力安い価格で応じているとの事です。また、学校に対しては、購入だけでは数が足りないため授業・部活などへの箏の貸し出しを行ったり、筝曲の普及・振興や地域文化活動の促進を目的とした「全国小・中学生筝曲コンクールin宇部」に中心的に携わってもいます。
 その他、地元でのお祭りやイベントなどで声がかかれば、筝曲演奏の披露にも協力をされ、特に5代目となる息子の智基さんの演奏では、若い男性の演奏に興味を持たれる方もいらっしゃるようです。

将来への想い

 箏の製作について「この先の将来像は持っていない」と玉重さんはおっしゃいました。和楽器の需要が減少し続ける現代において、「自然淘汰されるものは、何をやっても淘汰されてしまう」「この自然の流れを自ら食い止めることはしない」との考えをお持ちです。その発言にふと寂しさを感じましたが、同時に、玉重さんは40年もの間箏製作に従事し「品質の良いものを作り続けてきた」「購入しやすい価格で提供してきた」という自負と、職人としてやるべき仕事はやってきたというプライドからの発言であったと感じることも出来ました。
 お話を伺う中では「本当は残って欲しいという思いはある」との本音もお聞きしました。工場は若い社員や5代目に任せ、将来のあるべき姿についても任せたいとの考えをお持ちです。そのため「将来に残していきたい形は、自分ではなく次を受け継ぐものがその時代に応じて判断すれば良い」と。伝統的なモノづくりではあっても、時代時代に合わせた変化が必要であることを十分に理解されているからこその想いだと思われました。

 最後に、玉重さんは、聞かれれば助言するが、それ以上の口出しはしたくないとのことでした。


《箏と琴》
 「こと」の漢字は「箏」と「琴」があります。混同されがちですが、本来両者は違う楽器で、お正月にテレビやお店で耳にすることの多い「春の海」や「さくらさくら(さくら変奏曲)」を美しく奏でる楽器が「箏」になります。この「箏」の漢字が常用漢字ではないため「琴」の字が充てられました。ちなみに「琴」と書く楽器は中国古代の楽器「琴(きん)」や日本古来の楽器「和琴(わごん)」などで、琴柱(ことじ)で調弦しないものや箏伝来前からあるものに使われています。

《箏の種類》
 筝は、絃の数によって、十三弦、十七弦、二十弦、二十五弦などがあります。一般的によく演奏で使われるのが十三弦、合奏曲の低音パート用として十七弦も使用されます。さらに、今では扱われなくなった大型の八十弦もあります。
 箏の長さは、通常6尺(約182cm)で十七弦の箏は7尺(約212cm)と長身ですが、持ち運びや収納に便利な4尺や3尺の短箏もあります。また、本格的な調弦は職人によって行われることが通常ですが、ペグを回すだけで糸締めができるペグ箏もあります。

《連絡先》
TEL:0836-67-0175
ホームへージ:https://tamakoto.com/