西村 隆之 氏
万倉なす共同出荷組合 組合長

 山口県宇部市の中山間地に万倉(まぐら)と呼ばれる地域があります。中国山地から流れる有帆川(ありほがわ)が縦断し、両岸には肥沃な土壌の田園地帯が広がります。稲作が盛んな他、田圃を使ってブランド茄子の「万倉なす」の栽培が行われています。万倉なすは、一般的な茄子と比べて皮が薄く肉厚で甘みが強いのが特徴で、様々な料理とも相性が良く、火を通さずに食べることも出来ます。
 この万倉なすの栽培を盛り上げるべく奮闘されている方が、万倉なす共同出荷組合の組合長、西村隆之さんです。西村さんに万倉なすについてお話を伺いましたので、調べたことを交えながら紹介いたします。

万倉なすの始まりと現在

 万倉なすの栽培は、地域の農産業に貢献するため、約70年前に始まりました。その品種は茄子の原種に近いとされる「大成(たいせい)」で、スーパーなどに多く並ぶ茄子に比べると、柔らかく甘みがある品種です。そのため、市場でも人気のある茄子となっています。そしてこの大成という品種、県内の生産地によっていくつかのブランドがあります。「万倉なす」「吉田なす」「熊毛なす」「小野なす」、このうち熊毛なすや小野なすは生産量が少なく市場にもあまり出回らないことから、相対的に万倉なすの重要性が高まっているとのことです。
 しかしながら、農業従事者の減少に加え万倉なすの栽培が容易ではないこともあり、かつて万倉なすの生産部会に70軒ほど在籍していた農家が、現在は3軒にまで減少しているとのことです。さらに、栽培する農家も高齢化が進んでいる現実もあり、大きな課題として改善が求められています。

万倉なすの栽培の難しさ

 万倉なすは夏から秋にかけて生産・出荷される夏秋茄子に分類され、露地栽培が行われています。天候に左右されやすく、皮の薄い万倉なすは風が強く吹くだけで傷付き、秀品率も落ちてしまいます。また、昨今の真夏の炎天下では手跡が付くほど柔らかくなるため、夜明け前から収穫しているとのことです。
 現代の農業は、表面が固いなど農家にとって取り扱いがしやすい野菜の栽培が好まれる傾向にあるそうですが、西村さんは、この地で受け継がれてきた味の良い万倉なすに自信と誇りを持ち栽培を続けておられます。

万倉なすの新たな取り組み

 西村さんは、約10年前に会社を早期退職して家業の農家を継ぐことを決断されました。そして難しいとされる万倉なすの栽培について、その栽培方法の改良や就農者増加を図るために様々な取り組みをされてきました。未来を見据えたその取り組みについて、一部を紹介致します。

■新たな取り組み①:栽培方法の改善
 万倉なすの秀品率を上げるためには防風対策が必要です。かつては、対策が弱く万倉なすを生産してもB級品やC級品ばかりとなる農家もあったそうですが、茎丈が2.5m以上にも成長するイネ科のソルゴー(ソルガム)で圃場を取り囲みながら植えることで大きな防風効果に繋がっています。
 また、このソルゴーはバンカープランツとしても役立ちます。バンカープランツとは益虫を呼び寄せ住処となる植物で、茄子の生育を妨げ病原菌を招く害虫を捕食する天敵を宿してくれます。実際に、ソルゴーを使い始めてから劇的に変わり農薬は殆ど使わなくなったとのことです。
 さらに、緑肥としての役割も果たしています。ソルゴーは一年草のため毎年枯れてしまいますが、枯れた後にその圃場に混ぜることで有機肥料として土壌改善にも役立てることができます。ナス科は連作障害のリスクが高く圃場を毎年変える必要がありますが、その都度撤去・移設が必要となる防風対策も、ソルゴーを中心とした設備であれば負担の軽減にも繋がります。

■新たな取り組み②:栽培指針の見直し
 万倉ナスの栽培指針について、令和3年に大幅に見直しました。一例として1石3鳥もの優れた効果をもたらすソルゴーを活用することを加え、万倉なすを植え付ける際の株間を従来より広げるなどともしました。株間を広げることは同一面積に植える苗の数を減らすものの、葉を大きく広げて十分に太陽を浴びることで万倉なすの収量を増やす結果となっています。
 また、この栽培指針には、経験などに基づき惜しみなくノウハウを盛り込んでいるそうです。新規就農者にも分かるよう、口伝で伝承されてきた技法や知識も明記し残すようにもしています。
 その他にも、大きさ・曲がりの形・傷の有無など出荷基準についても見直しが図られました。基準に適さないものが市場に出て、ブランドを傷つけることや購入者をがっかりさせないために重要であり、その一方で、農家の方々に過度な負担とならないようにも考えられています。

■新たな取り組み③:万倉ナスの販路
 万倉なすは、収穫期の6月中旬~11月中旬に共同販売(共販)期間が設定されています。この期間以外は個人での販売が解禁されますが、収穫できる期間が短く販売の期間も限定的です。西村さんは、自由度があり収入も増える個人販売は、栽培農家にとってモチベーションにもなり、メリットも大きいと西村さんは考え、新たに「予約販売制度」を導入することとしました。これは、JAが消費者からの受付窓口となり、農家が直接販売を行うというものです。共販期間中に個人販売を可能とする仕組みで、一部手数料を除けば全てが収益となる上、消費者との関係も生まれます。
 また、地元スーパーで開催される「寝太郎マルシェ」に出品し、産直販売なども精力的に取り組まれています。

■万倉ナスの需要と供給

 西村さんは、最近、品質の良いものを求める消費者が増え、万倉なすに対する需要が増えていると実感されています。作ったものは確実に売れ、価格は以前に比べて格段に上がっているとのことです。以前は補足的な需要であった遠隔地の徳山市場も現在は拡大しているそうです。さらに、予約販売制度によって地域を超えた注文の可能性も広がっています。万倉ナスは将来性のある農作物と言えるかもしれません。
 しかしながら、栽培農家が少なく供給を増やすことができないという現実の状況に、西村さんはジレンマを感じておられます。稲作に比べて同じ圃場面積で約20倍もの差になる万倉なすは収益力も高く、儲かるということを、是非知って欲しいとのことでした。

■新規就農について

 この地区には、新規就農者のサポートや農業体験を提供する農業研修交流施設「万農塾(ばんのうじゅく)」があります。関東から移住してこの塾で学び、近隣の地区で就農された方がいたり、地域おこし協力隊の隊員が任務終了後に入塾して就農を目指していたりする例もあるとのことです。
 残念ながら、万倉なすについては新たな就農者の獲得には至っていません。西村さんものもとには、万倉なすの栽培に関心を持った方からの問い合わせはあるそうですが、必要な設備の確保や家族が暮らすための生活環境などの課題もあり、せっかくの縁が結びついていません。西村さん曰く、新規就農に向けた支援は個人では限界があるため、地域や行政によるバックアップが不可欠とのことです。一方で、新規就農者にとって大きなハードルでもある販売ルートの開拓については、JAによる全面的な支援が公表されているそうです。

■農業の喜び

 農業に従事することの喜びを教えて頂きました。それは、自分が育てたものが期待通りに収穫でき、収益にも繋がること。そしてそれ以上の喜びが、いろいろな人から「美味しかった」という声を頂くことであり、何よりも励みになるとのことです。以前、小学校の食育教育に訪れた際には、農業の大変さと楽しみを知ってもらい、また持参した万倉なすを子供たちから「美味しい」と言われたことで、その喜びはひとしおだったようです。
 農業は、自らの生活のためだけでなく、消費者と関わりを持ち、人からの喜びを聞くことに大きなやり甲斐を感じているとのことでした。

■「万倉」をブランドに

 「万倉」の漢字を正しく読んでもらえることは稀だと感じます。パソコンやスマホで「まぐら」の変換候補として「万倉」が表示されることもありません。西村さんはこの状況に歯がゆさを感じ、「万倉」を広く知って欲しいと考えています。
 そこで、西村さんは万倉なすの生産・販売と並行して「万倉なす」や「万」の字を使ったデザインを商標登録しました。「万倉」を全面的に押し出すことで、知名度の向上を目指しています。また、このデザインは、キュウリやピーマンなど他の野菜でも利用することが可能で、万倉の野菜が結束して認知度の高まりを図っています。
 地名の由来は幾つかの説があり定かではありません。しかし肥沃な地域に広がるこの田園風景に、倉が立ち並ぶ「万」の「倉」を想像させる名前に相応しいと感じざるを得ません。


《西村さんの連絡先》
TEL:090-9737-5533(西村 隆之氏)
営農WEBブログ:http://muchan.jimdo.com/

《万倉なす予約販売の連絡先》
JA宇部西部営農センター:0836-45-3666